瞼は、昼でも小さな夜をつくるためにあるのよ

そう教えてくれたのは祖母だった。
祖母の作り話か、祖母が誰からか教わったのか定かではない。
何故かすんなりと俺の中の道理に入り込んだこの言葉を、高校生になった今でも覚えている。
瞼は、小さな夜をつくるのだ。



夢路、人は瞬きの一瞬でも、瞼を閉じていれば夢を見れるの。




ゆっくりと瞼を閉じる。

ふわりと柔らかな感触の草は、鮮やかな緑色で、灰色の空がそこにあった。
俺はきっと今、夢を見ている。誰にも邪魔されない、俺の世界。


祖母の曰く、人の瞼には各々神様が居るらしい。
神様は、俺達が目を閉じている間に幻を見せる。それが夢でもあると言った。


俺は目を閉じたまま、最近気になっている女子のことを思い出した。
中学が同じで、高校は今のところ2年間同じクラスの吉野由良さん。
ぽっちゃり体型だけど、色白でぱっちりとした目をしている彼女は人形のように可愛いと人気者だ。

灰色の空に鮮やかな草原、そこに由良さんを思い浮かべる。
由良さんがこっちを見て微笑んでいる。最高。幸せ。
夢の中で優しく彼女の名前を呼ぶと、少し照れたように微笑んだ。
大好き、と小さく呟いてみる。彼女は微笑んだまま、口を開く。


「私もだいす――」


「うぉっ」

目の前を生ぬるい風が吹き去って、俺は硬く閉じていた瞼を開けた。

建ち並ぶビル、行き交う車、沢山の人たち、沢山の音、何でもないただの現実世界だった。

誰か見ていたとしたら、俺は、平日のお昼時、街中を平気で制服姿でぶらつく男子高校生。
こんな男子高校生はどこにでも居る。けれど、横断歩道を渡らず立ったまま寝ている男子高校生は少ないだろう。

歩行者専用の信号が青になるのを待っていたのに、青になったのに気づかず、再び赤へと変わっていた。
恥ずかしい、が、どう反応して誤魔化せばいいのだろう。そして、誤魔化すのも面倒くさい。くそう。


目を開けると、本当に何でもない日常がそこにあった。
この世界では、きっと由良さんとは仲良くなれない。
そもそも、俺なんて世界の位置づけの中では居ても居なくても、全く問題無い人間の1人だ。

この世界には夜がない。
必ずどこかが朝で、どこかが夜だ。
面白いかもしれないかもしれないが、俺にとっては面白くない。
だって、俺だけの夜ではないから。



だから俺は夢を見る。



夢路、夢の路を進む人。独りだと感じても瞼を閉じてごらんなさい
あなただけの神様があなただけの世界をつくってくれるから